農業の決断ストレス

　脱サラして農業をはじめて、いちばん思ったのは、「何でも自分で決めて、成功も失敗も自分の責任だ」ということです。自営業だからあたりまえなのですが、農業をはじめた数年間は、毎日、いや毎時間「迷い　→　決断　→　失敗（たまに成功）」の連続でした。
　作物の成長には、数多くの要因がほんとうに複雑に絡み合っていて、因果関係を証明することは、ほとんど不可能です。研究室で作られた農学とか栽培技術というセオリーもありますが、それはほんとうに大筋で、全然間違ってることも多々あります。
　自分の畑の、自分の作型の環境で、作物をどう管理できるのか？　それは自分にしかわからないのです。逆にそれがわかった時、はじめてある程度安定して生産することができます。どうやって管理方法を身につけるか。たとえば野菜だったら、水やりのタイミング、追肥のレシピ、摘心のタイミング、誘因の角度．病害虫の防除の方法やそのタイミング・・・・ほんとに悩むことだらけです。先輩農家や普及員・指導員に聞いたりwebで情報を探したりします。でも、答えがみつからないか、バラバラの答え、全く逆の答えが出て来たりします。
　そんな時、百姓は、自分の責任で決断しなければならないのです。最後はカンです。その決断は、常に、その作物の出来不出来に影響します。ひとつの管理ミスで壊滅状態になることもあります。逆に、たったひとつの管理で収量が３割増しになることもあります。お金の話で言えば、その時々の決断が数十万単位の結果を左右するのです。
　私も、あの時先輩の話を聞かなきゃよかったと内心恨んだり、逆に今でもアノときこうしといてよかったんだと思うとき、未だにあの時の選択は正しかったのか？悩んでいること、、いろいろあります。
　とにかく、決断の連続で、ストレスで胃がいたくなる時もあります。
　でも、迷ったすえの自分の判断が、いい結果につながったと思えるとき、農業やっててよかったなぁと思うんですよね。
　ただし、そんな時でも作物への管理と結果の因果関係は証明できません。あくまで「アタリだったのかなぁ」と肯定的に想像できる、という程度です。そこで「絶対これで正解」みたいなうぬぼれをもつと、後でしっぺ返しをくらいます。あくまで「私もがんばったし、いい判断をしたので、作物が応えてくれた」そんな謙虚さと非科学的な感じが大切だと思います。

営農は情報の渦の中で

　農業は情報との格闘ともいえます。
　例えば、ある日の昼下がり、農協出荷場の休息所に何名かの農家が集まって議論になりました。「菊用３号」という肥料と「有機配合７３０」とどちらがよく効くか、という話題でした。ある先輩は、絶対に「キク用３号」が効くという話で、自分は「キク３号」をナスに使ったときにどれだけ儲けたかという話をするわけです。家に帰って、ネットで詳しく「菊用３号」「有機配合７３０」を調べたら、成分は同じでした！　「有機配合７３０」のほうが値段が３００円以上安い。ある先輩は、自分がたまたま得た経験（因果関係）から「ナスには菊３号」が「有機配合７３０」に優るという理論を構築し、よかれと思ってその情報を伝えてるわけですが、あまり科学的な根拠がなかったわけです。（注！肥料名は例です）
　農業現場には、さまざまな情報があふれていますが、はっきり言えば「ほんとかうそか」わかりません。別にみなが悪意をもって適当な情報を流しているわけではないのですが、農家の情報収集が偏っていることが非常に多いため、思い込みや誤解でゆがめられた情報にあふれかえっているのです。
　確かに結果として先輩はナスで儲けたというのであれば、その時「ナスには菊３号」という情報は、先輩にとって有意義な情報だったのですが、私にとっては混乱させるだけのものでした。
　いかに正確で客観的な情報を数多く集めるかですが、１日中インターネットに向かっているわけにもいきません。少なからず自分の頭の中には、でどころや真偽が未確認の「怪しい情報」がどんどん溜まってくるのです。「怪しい情報」がたまたまいい結果を生み出すと、それは自分の中で「コツ」として定着しますが、実はそれが「迷信」かもしれないのです。思い込みでも結果が出せればいいのですが、それが致命傷になることもあります。迷信が自分の畑の中だけで働いているうちはまだいいのですが、間違った思い込みで構築された方法が、消費者のところまで影響してしまうと、これは一大事です。
　農作物を生産し消費者に届ける流れの中で、あふれかえる情報！　
　この情報の渦と格闘しながら、日々の営農が、続いていくのです。

農業の「怪しい情報」には手を出すな！！？？

　農業現場の技術指導の分野では、「怪しい情報には手を出すな！」みたいなことが合言葉のように言われる傾向があります。
　農協の指導課職員とか普及員とかは、おおむね都道府県が定めた「栽培指針」なるものに従って、農家に栽培技術を提供しています。地域や指導者の考え方にもよりますが、おうおうにして、この「栽培指針」からはずれたものは「怪しい情報」の烙印が押されてしまいます。
　農業業界では、ここ十数年「収量◯倍・天然活力剤」とか「◯◯菌」などの新技術怪、悪く言えば「怪しい資材」にあふれています。これらの新技術が、栽培指針に採用されることは、まずありません。指針に出る資材は全農が取り扱う肥料や農取法でいう農薬（特定農薬は指針に載らない）で、成分や安全性が法の定める方法で調べらています。そこで、栽培指針に載ってる資材は正しくて、載っていないものは怪しいということになってしまうのです。
　資材だけではなく情報の面でも同じことがいえます。施肥料の方法、耕起の方法などに関して、ミネラル施肥料や不耕起栽培などの新技術が注目されつつあります。しかし、これらも、当然栽培指針にはないので、業界標準では、「怪しい」ということになります。つまり、業界で言われる「怪しい情報」を避けていたら、新技術は使えないのです。頭の固さや発想の貧しさが、「怪しい」とか言う色眼鏡を作り出し、それが業界の「正義」としてひとり歩きしている、そんな感じです。
　ところが現実には、今各地で、有効微生物やミネラル施肥などの「怪しい技術」を駆使しした、高い付加価値の農作物が、消費者に認められ、ビジネスとして成功しつつあります。
　「怪しい技術」に手を出したからこそ、成功しつつあるわけです。
　一方「正しい技術」の栽培指針は、「有機肥料と化学肥料をバランスよく使いましょう」程度のことしか言えず、それに従っている農家の収量は全然向上せず、経営を圧迫しているのです。
　
　私が就農した１０年前、新規就農者が珍しかったので、県の技術指導の偉い人が畑に訪ねてきたことがあります。私はその時「天敵防除を活用した農業を目指しています。本県は天敵へのとりくみが遅れてるので、ぜひ技術研究をお願いします」と提言しました。するとその偉い人はなんと「天敵のような怪しい技術には手を出さないで、栽培指針を遵守しなさい」みたいなことを言ったのです！　
　当時はまだ、天敵農薬の市販は始まっていませんでしたが、農業雑誌などでは試験使用の実例などが紹介されていました。なのに、偉い人が「天敵＝怪しい技術」ですよ！　　最近は若い人のがんばりで、多少改善されつつありますが、しょせん農業業界なんて、こんなものです。

　そもそも、周りの「怪しい怪しい」という言葉が、どこがどう怪しいのか、ほんとうに、よーく考える必要があります。自分の心や頭が、ネもハもない「正義や常識」に支配されて、自分にとって、ほんとうに必要なことを見られなくなっていませんか？
　自分のマインドを、いかに開かれた状態にコントロールできるか・・・そいういことも、これからの農業では重要なのです。